荒木飛呂彦老師 ~ ファンタジーコミック大賞 ~ 作為審查員
本帖不幸被 JoJoFans 于 2009-7-17 15:34 噢啦噢啦过本帖不幸被 JoJoFans 于 2009-7-17 15:34 噢啦噢啦过
――先生のデビューのきっかけは『武装ポーカー』の手塚賞の準入選。
荒木 最初は高校生の頃の投稿でした。その作品はダメで、最終選考くらいの段階で止まっていたので、「何がダメなのか」という批評が全然聞けなかったんです。それで直接持ち込みました。やっぱ編集者の批評っていうか、「マンガって何なんだろう?」っていう話が聞きたかったので…。その後しばらく鍛えられて手塚賞ですね。
――最初小学館に持ち込もうとしていたと伺いましたが?
荒木 ああ、持ち込みの時は(笑)。僕は、講談社や小学館で連載していらっしゃった梶原一騎さん原作のマンガが好きだったんです。『ジャンプ』は「何となく好き」(笑)。持ち込みのときは一番小さいビルに行ったんです。デカいビルより小さいビルの方が入りやすかったから。で、持ち込んだら担当さんがついたのでそのまま。
――持ち込んだ作品は投稿した作品と違うんですか?
荒木 はい。その後ボツとかもありましたし…。それから一年くらいかな、手塚賞まで。
――あっという間ですね。
荒木 一番最初に編集者に言われたのが「先輩と同じような絵を描いてきたらダメ」ということ。「『見習うけれども同じ足跡は踏まない』という作品を描いてこなけりゃ、俺は読まない」と。厳しい人になると、袋からちょっと出して見ただけで「あ、見たくない」って言ってたらしいんですよ。扉絵を見ただけで「見たくない」(笑)。「だから扉絵だけで見たくなるような絵を描いてきて」と言われました。編集者って何百という作品を見てるわけじゃないですか。だから何となく分かるらしいんですよね、そういう感覚が。正直ひどいと思ったけど(笑)。
――そういった編集者からの指導・意見の中から、現在の先生の作風が拓かれたのですか?
荒木 そうですね、「こういうところがダメだ」「そこがダメだ」っていう意見があったら、考えてよりよいものにしていく。その積み重ねですね。
――その当時、ファンタジーの漫画の着想の原点はありましたか?
荒木 まずファンタジー漫画というものが概念としてあったのかな?と思います。『Dr.スランプ』が始まるか始まらないかの時代で、梶原先生みたいな作品が中心でしたから。手塚先生の『鉄腕アトム』はありましたけど、そういう概念じゃないんですよね。
――新人時代に苦労したことはありましたか?
荒木 ネームを作ることなどに関してはあまりなかった。苦労というか気を遣ったのは、描き手の意図がより正確に読み手に伝わるように、分かりやすくすることですね。
ただ、言いたいことと違うところが否定されたことには戸惑いました。具体的には『魔少年ビーティ』というタイトルで作品を描いた時に「“魔少年”って何だよ?」みたいな意見が編集部から出たんです。シャーロック=ホームズの知能を持っていて悪いことをするという、いわば裏返し的な作品なんですけど、そういう内容は全然読んでもらえなかったんですよ。当時、少年漫画のタイトルに悪いイメージの言葉ってありえなかったらしく、「“魔”だからダメ」と言われて…。でも、こちらとしては「ええ?そこ!?そういうところ言いたいんじゃないんだけどな…」と思ってビックリしましたね。最終的にはこのタイトルが通ったんですけど、時間がかかりました。
――“魔少年”という言葉は、先ほどおっしゃった「人を引き込む工夫」のひとつだったのでしょうか?
荒木 そうですね。「“魔”で(読者の心を)掴もう、誰も描いてないだろう」と。『天才少年ビーティ』だったらありそうじゃないですか。“魔”の方が、何かやらかしそうな雰囲気が出るんですよ。当時の担当編集さんは「人と同じような作品を描くな」と日頃から言っている人だったので、その人だけはOKしてくれたんですけど、後で聞いたら、編集部の他の人全員に反対されていたらしいです(笑)。
――審査員の立場で、どういう作品を読みたいと思いますか?
荒木 絵柄で惹き付けるっていうのはありますけど、まずは審査員の心を捉えるような工夫ですね。それがあって、プラス自分の描きたいことを描いているっていうのがいいのかな。あとは僕が選ぶ基準っていうのは、やっぱり「独特なものかどうか」という点ですね。ストーリーも絵も全部平均点以上で、「一応読めるな」「それなりに面白いんじゃない?」っていう作品よりも、「この人にしかないもの」という作品がいい。完璧な作品があればそれに越したことはないけど、どちらかと言ったら独特な作品を読みたいですね。
――お好きなファンタジー映画・漫画はありますか?
荒木 『スター・ウォーズ』とか『ロード・オブ・ザ・リング』みたいなのだけをファンタジーとは言うのではないと思うんです。僕はクリント=イーストウッドの映画はファンタジーだと思っているんですよ。『グラン・トリノ』とかそうだけど、リアリティの中にありえない要素が出てくる。人が死ぬのはリアリティだけど、たとえばその死に方のあり得なさがファンタジーだと思ってるんです。『ミリオンダラー・ベイビー』は、かなりマイナスのファンタジーですね。全身不随になったボクサーの娘を置いて、家族がディズニーランドに行っているなんていう残酷さはあり得ないでしょう? そういう定義でのファンタジーって結構いっぱいありますよ。『ボーン・アイデンティティー』シリーズもそう。アクションだけど、ああいう人間ってスーパーヒーローだし、いないですよね。他ではホラー系、ゾンビ映画は好きです。『ドーン・オブ・ザ・デッド』とか。あれも「日常の中に死人が出てきたらどうなる?」って発想だけで出来ていると思うんですけど、その発想があり得ない。だから “剣と魔法”や“スーパーヒーロー”だけじゃなくて、あり得ないほどハッピーエンド過ぎるラブストーリーもファンタジーですよ。でもファンタジーを描くからこそ漫画だと思う。漫画が一番生きてくるのはそういう世界だと。
他に漫画で言えば、忍者漫画は基本ですよね。忍法使うところはSFというか、あり得ないじゃないですか。ただその生活背景などは歴史的にリアリティがある。『カムイ伝』だとか『伊賀の影丸』だとか、忍者漫画っていうのはそういう定義にピッタリですよね。
――リアリティとファンタジーのバランスを保つために気をつけていらっしゃることは?
荒木 僕の場合は「日常を絶対に捨てないこと」です。どんなキャラクターでも、お風呂には入るだろうとかケータイは持っているだろうとか、何を食べているかとか、そういうのが非常に重要。日常のリアリティがあるからファンタジーがあるのに、日常を捨ててしまうと差が分からなくなっちゃうから。
だから、たとえば作品にロボットを描くにしても、ちょっと考えて欲しいんですよね。本当にその世界にいる感じが欲しい。ただガンと出てくるんじゃなくて、樹の陰から出てくるとかね。そういうのってシュールな感じがするんですよ。影が伸びて、ビルに映ってから出てくるとか。
映画の『トランスフォーマー』も、車が変形する時に、車の大きさで変形していって欲しいんですよね。それより大きくならないで欲しいんですよ。「明らかにちょっと身長おかしいだろ」みたいな。そういうリアリティはこだわりですね。
新人の場合は特に、そういう分かりやすいリアリティを、段階を踏んで表現して欲しいです。稀に画力で(作品に)入っていける場合もありますけど…。
――以前、別のインタビューで「必ずスタンドに弱点を作る」とおっしゃっていましたが、最初から「そうするべきだ」という直感があったんですか?
荒木 そうですね。僕は横山光輝先生の『バビル2世』が好きなんですが、戦う敵に必ず弱点があるんです。超能力を使うんだけどだんだん疲れてくるとか、そういうところを描きたかった。長所がある人は、それが裏返しで必ず弱点になるっていう発想が基本にあります。逆に、一見力が全然ない人でも、ある一点だけ強いとか。
――それってすごくリアルですよね。
荒木 スタンドがファンタジーなら、そういう部分がリアリティですね。
――漫画家を志す皆さんへのメッセージをお願いします。
荒木 ファンタジーといっても大切なのはキャラクターです。登場人物をどういう風に面白くするか。あとは動機ですね。「何故戦ってるのか?」「この主人公は何したいのか?」が分からない作品が、過去に漫画賞で審査した中には多い。ただモンスターが出てきて戦っても、戦う意味が伝わってこないと作品としてダメだと思うんですよ。絵・ストーリーと動機を合わせて、作品の面白さは9割くらいキャラクターで決まるかもしれない。それが描けないとキツイと思いますけど、逆に言えば、描ければプロになれるんですよ。
――じゃあ、先生が描くときも、主人公の動機や目的を第一に考えられるんですね。
荒木 もちろんそうです。
――画材は、投稿されていた当時と使用されるものが変わりましたか?
荒木 ほとんど変わってないですね。筆ペンが出来たので、それを使い始めたくらい。何十年も変わっていないですね。むしろ生産中止とかでやめざるを得なくなったものの方が多いです。
——老師的初次亮相的契機『武裝撲克』的手塚獎的准入選。
荒木最初是高中生的時候的投稿。因為那個作品不行,在最後選拔左右的階段停著,「什麼不行」的批評全然沒能聽。因此直接帶入了。討厭っぱ編輯的批評是不是講述,「漫畫什麼是什麼?因為想聽」說的話…。此後暫且被鍛鍊是手塚獎。
——聞聽了打算帶入到最初小學館?
荒木 那樣,是帶入的時候是(笑)。我,是喜歡在講談社和小學館連載在Kajiwara的一騎先生原作的漫畫的。『Jump』是「總覺得好」(笑)。是帶入的時候是去最小的大樓的。比十在大樓小的大樓容易進入。因為如果出,帶入了附有了擔當先生就那樣。
——帶入了的作品與投稿了的作品不同嗎?
荒木 在。此後與ボツ有…。然後一年左右嗎,連手塚獎。
——一轉眼。
荒木一番最初被編輯說了的「如果畫了與先輩象同樣一樣的畫兒不行」。「不描寫所說的『學習,不過同樣的足跡不踏的』作品,我不讀」。只是成為嚴厲的人的話,從袋稍微試著拿出了「不想a,看」好像說著喲。只是查閱了門畫兒「不想看」(笑)。被說了「畫因此只是想門畫兒變得象查閱一樣的畫兒」。不是編輯應該查閱幾百的作品嗎?因此好像總覺得明白喲,那樣的感覺。想老實地厲害,不過(笑)。
是——從來自那樣的編輯的指導·意見中,現在的老師的作品的風格拓老練的嗎?
決定荒木 那樣,「這樣的地方作為沒用」「那兒不行」如果有說的意見,考慮容易源於的東西。是那個積澱。
——那個當時,有空想的漫畫的立意的原點嗎?
是荒木 首先空想漫畫作為概念的嗎?我想。『Dr.スランプ(IQ博士)』開始無用時代,梶原老師那樣的作品是中心。手塚老師的『鐵臂阿童木』有,不過,不是那樣的概念喲。
——新人時代操勞過嗎?
有關做出荒木 名字的事等不太有。是不是叫辛苦使用了氣的,描繪者的意圖更正確象傳到讀的人一樣地,是易懂。
只是,想說的事和不同的地方被否定了的事躊躇。所說的具體以與『魔少年比蒂』的標題描寫了作品的時候「"魔少年"是什麼喲?是」意見從編輯部發放的。是據說有著歇洛克·福爾摩斯的智力做壞事,可以說翻裡作面性的作品,不過,那樣的內容不能能請全然讀喲。當時,對少年漫畫的標題壞的印象的言詞好像不可能,「因為是"魔"不行」被說…。作為但是,這邊「是?那裡!?想那樣的想地方不是說,不過…」很吃驚吧。是最終這個標題相通,不過,花費了時間。
——所說的與"魔少年"的言詞,是前頭那樣說了的「拉進來人的辦法」之一嗎?
荒木 那樣。「"魔"(讀者的心)抓住,誰都沒描畫」。『如果是天才少年比蒂』不是有了嗎?"魔",什麼快要搞了的氣氛出來喲。因為當時的擔當編輯先生是從平時來看「別描寫與人象同樣一樣的作品的」人,只那個人是OK了,不過,如果如果過一會聽了,被反對除了編輯部以外的人全體人員在強迫(笑)。
——想在審查員的立場,讀怎樣的作品?
由於荒木圖案吸引ru說有,不過,是首先象抓住審查員的心一樣的辦法。描畫有那個,想正自己描繪的事的ru說好嗎。以後我選出的基準說,還是是「是不是獨特的東西」的點。故事和畫兒都全部以平均分數以上,「一次能讀的」「有趣與之相適應地」說的作品都,「只有這個人的東西」的作品好。如果有完美的作品最好是那個想,不過,要說哪邊讀獨特的作品。
——有喜歡的空想電影·漫畫嗎?
想雖說是空想不是只荒木『星球大戰』啦『指環王』的。我想kurinto=酵母木材的電影是空想喲。『驅逐(gran torino)』啦是那樣, 或者不在真實性裏那樣可能的要素而來。雖然人死的事是真實性可是,譬如那個死的方法不可能是空想。『百萬美元·嬰兒』,相當是減的空想。擱置成為了全身癱瘓的拳擊家的女兒,家族去著之類到迪斯尼樂園說的殘酷不可能吧? 結構滿滿地有在那樣的定義的空想喲。『The Bourne Identity (ボーン・アイデンティティー)』系列也沿著。是動作,不過,那樣的人是超級英雄,不在喲。其他恐怖系,喜歡超自然。『Dawn·of·The dead』啦?那個「如果死人出來了也成為日常中怎樣?想」只是構思能著,不過,那個構思不可能。因此 “劍和魔術"不是只"超級英雄",不可能的那樣快樂大結局過分的愛情故事也是空想喲。但是我想正因為描畫空想是漫畫。漫畫最有效是那樣的世界。
如果對其他用漫畫說,忍者漫畫是基本喲。隱身法使用的地方說SF,還是不是不可能?只是那個生活背景等歷史性地riariti有。是『カムイ伝』是『伊賀影丸』,忍者漫畫講述對那樣的定義恰好喲。
——為了保持真實性和空想的平衡當心在的事呢?
是荒木我的情況是「絕對不扔掉日常的事」。無論怎樣的登場人物,不論是進入洗澡(水)手機還是持(有)著,吃著什麼,那樣的非常重要。日常的真實性處於有空想,丟掉了日常的話變得不明白差。
因此,希望譬如在作品上即使寫機器人,考慮一下喲。想要真的在那個世界的感覺。只有與雁不是出來,從樹陰出來啦。那樣的感到sur的感覺喲。影子伸長,大樓映出之後出來啦?
電影的『transformer』,也希望車變形的時候,以車的大小變形喲。比起那個變得大喲。想「明顯地稍微身長傾斜了的ro」看。那樣的真實性是特色。
希望踏階段是新人的情況特別,那樣的易懂的真實性,表現。也有如果能稀少地用畫力(作品)進入去,不過…。
——以前,由於另外的採訪說著「必定把弱點做成為stand」,不過,是從最初有「那樣應該做」的直觀的嗎?
荒木 那樣。我喜歡橫山光輝老師的『巴別二世』,不過,作戰的敵人必定有弱點。想使用特異功能,不過漸漸累的話,描畫那樣的地方。有長處的人,對基本有那個用翻裡作面必定對弱點是吧ru說的構思。反過來,全然沒有初次的力的人,只某一點也強啦?
——那個厲害地現實的喲。
荒木 stand要是空想,那樣的部分是真實性。
——拜託您我要對立志漫畫家的諸位的消息。
雖說是荒木 空想重要的是登場人物。對怎樣的風有趣登場人物?以後是動機。「為何作戰著?」「這個主人公想做/什麼嗎?不知道」的作品,過去由於漫畫獎審查了的其中多。想只有怪物出來戰鬥,也作戰的意義不流傳作為作品不行喲。使動機和畫兒·故事協調,作品有趣說不定以登場人物決定9成左右。想那個不能描繪キツイ,不過,如果如果反過來說,能描繪對專業馴熟喲。
——那麼,老師描畫的時候,被第一也考慮主人公的動機和目的。
荒木 當然是那樣。
——繪畫的題材,被投稿的當時和被使用的東西變化了嗎?
荒木 幾乎沒變。因為筆筆作成了,開始使用那個的。幾十年沒變化。倒不如與停產不得不停止了的僅僅的一方多。
この日、作業をしていたアシスタントは3人。資料を傍らに、原稿を完成に近づけていく。
這天,做工作的助手是3人。把資料做為旁邊,向近完成原稿。
緻密なストーリーと画面を生み出す要素のひとつは、マンガ・雑誌・写真集と多岐にわたる資料書籍だ。
生出細緻的故事和畫面的要素之一,是漫畫·雜誌·寫真集和多方面的資料書籍。
「この太さがあれば何でもいい」というペン軸。キャラクターに生命が吹き込まれるッ!!
「如果這個粗細處於不管什麼都好」的筆軸。被登場人物生命灌進的!!
投稿をはじめた頃から画材はほとんど変わらないという。「(当時は無かった)筆ペンが出来たので、それが加わったくらいですね」
據說繪畫的題材從開始了投稿的時候幾乎不變成。「因為(沒有當時)筆筆作成了,是甚至那個都施加了的」
スクリーントーンやミリペンといった画材は、棚に整理・ストックされている。種類も量も豊富!
所說的银幕调子(screen tone)和毫筆的繪畫的題材,被架子處理·存貨做。種類和量都豐富!
(ファンタジーコミック大賞)
http://www.shueisha.co.jp/fantasy-taishou/ 哇~~~!!那是露伴原稿嗎?! 嚼饭终于发了这个吖!!
翻译有点古怪。。难道又是翻译器的功劳??
另:我要看画了过多SBR的助手的脸!!!强烈要求!!!(你以为想看就能看到么?被众人踢飞) 原稿啊,那是原稿啊! 发现办公室贴了很多比基尼美女 哇~~~!!那是露伴原稿嗎?!
真蓋特 发表于 2009-7-16 07:40 http://www.jojo-china.com/gp/static/image/common/back.gif
那個是"羅浮宮的岸邊露"
荒木飛呂彦,長期的JoJo冒險的創作者 受法國巴黎羅浮宮邀請,
「Le Louvre invite la bande dessinée」〔英文:Cartoons - The Louvre Invites Comic-Strip Art〕
和其他來自不同國家的4位漫畫家/藝術家共同發表以羅浮宮為主題的漫畫作品。
漫畫的多枚上色原稿已經公開展示於羅浮宮內,並且預定於今年內正式推出專屬單行本!
相關~ 小心!! 多圖!!
http://www.jojo-china.com/gp/forum.php?mod=viewthread&tid=12105&extra=page%3D1%26amp%3Bfilter%3Dtype%26amp%3Btypeid%3D9 嚼饭终于发了这个吖!!
翻译有点古怪。。难道又是翻译器的功劳??
另:我要看画了过多SBR的助手的脸!!!强烈要求!!!(你以为想看就能看到么?被众人踢飞)
wswjws 发表于 2009-7-16 08:33 http://www.jojo-china.com/gp/static/image/common/back.gif
雖然 祕書 想找 荒木飛呂彦老師的助手 結婚~
但 漫畫家的助手, 是不會輕易露脸的 ~ (因為要跳槽)
P.S. 當然翻译器的功劳 + 我修補 啊~我已经中了替身攻击了~ 荒木老师~~我们私奔吧~~~ 不知道为什么看到这些书这些工具这些原稿这些荒木老师(?)我很燃。。。。 看到那一盆子笔和桌上的原稿,我也很燃啊!!! 膜拜
最近有看食梦者
啧啧很有震撼力阿,漫画家的工作室!
但是岸边的似乎没有这么震撼,是因为天堂之门? 让我去当助手吧~~
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